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人的資本経営に関連する国際標準

岩本 隆 2024.10.16

  • 人的資本
人的資本経営に関連する国際標準
人的資本経営を語る際によく取り上げられるテーマである、「イノベーティブな組織づくり」や「パーパス経営」。実はこれらは、ISO(国際標準化機構)で国際規格が開発されています。人材マネジメントに関連する国際規格について、慶應義塾大学大学院 特任教授の岩本隆先生に解説いただきました。(マスメディアン編集部)
企業が新事業を創造するための効果的な手法のひとつに標準化の活動がある。標準を作成過程によって分類すると、「デジュール標準(De Jure Standard)」と「デファクト標準(De Facto Standard)」に分類される。デジュール(De Jure)はラテン語で「法律上の」を意味する言葉であり、デジュール標準は、公的機関や標準化機関が定められた手続きや法制度に則って策定した標準である。また、デファクト(De Facto)はラテン語で「事実上の」を意味する言葉であり、デファクト標準は、特定の企業などのプロダクトやその仕様が広く普及した結果、事実上の業界標準になったものである。

日本企業は、欧米企業と比較すると標準化の活動が弱く、気づいた時には、欧米などの他の国の企業に標準を握られていて国際競争で不利に立たされる、という状態になっていることがよくある。そのため、経済産業省も現在は日本企業のグローバル競争力を高めるために標準化の活動を重要視し、日本企業の標準化の活動に対しさまざまなサポートをしている。

デジュール標準をつくる国際的な機関として、1947年にISO(International Organization for Standardization:国際標準化機構)が設立され、2024年10月時点で172の国・地域が加盟し、国際標準化の活動に参加している。日本からは経済産業省に設置されている審議会であるJISC(Japanese Industrial Standards Committee:日本産業標準調査会)がISOに加盟している。

ちなみに、「Standard(スタンダード)」の日本語訳として「標準」と「規格」の2つが混在されて使われており、紛らわしいことがある。そのため、標準と規格の意味の違いについて、一般財団法人日本規格協会では、「標準=規格の普及といった意味合いも含めた規格より広義の概念」、「規格=標準化によって決められた、ある「取り決め」を文章に書いたもの」と定義している(※1)。本稿でもこの定義に則って、「標準」と「規格」の表記をすることにする。時折、「標準規格」という言葉が使われているのを見かけるが、これを英訳すると「Standard standard(スタンダード・スタンダード)」となり、重言ということになる。

ISOの規格は、規格の内容による分類では、「基本規格」、「方法規格」、「製品規格」、「マネジメントシステム規格」に分類される。製品規格には、ハードウェアの規格だけでなく、ソフトウェアやサービスなどの規格も増えてきている。マネジメントシステム規格は経営のあり方に関連するものが多く、人的資本経営に関連する国際規格の開発も進んでいる。以下に人的資本経営に関連する国際規格の一部を紹介する。

まず、人的資本経営に直接的に関連する国際規格を開発するTC(Technical Committee:テクニカルコミッティー)として、最近は日本でもかなり知られるようになった人材マネジメントのTCのISO/TC 260がある。ISO/TC 260では、人材マネジメントのさまざまな領域で国際規格を開発しており、日本も2023年2月にPメンバー(Participating member:参加メンバー)となって積極的に国際規格開発に参加している。Pメンバーになると、国内審議団体が指名され、国内審議団体が運営する国内審議委員会で日本の意見をまとめ、提案をしたり、賛成・反対票を投じたりする。筆者は2023年4月よりISO/TC 260の日本の国内審議委員会の副委員長を務めている。

人的資本経営の実践において「イノベーティブな組織づくり」が重要なテーマになっており、筆者もこのテーマでよく人的資本経営の講演を依頼される。イノベーティブな組織づくりに関連して、イノベーションマネジメントの国際規格がISO/TC 279で開発されている。ISO/TC 279の大きなトピックとして、2024年9月にイノベーションマネジメントシステムの国際規格であるISO 56001が発行された。ISO 56001のタイトルは「Innovation Management System – Requirements(イノベーションマネジメントシステム-要求事項)であり、日本でも多くの企業が認証を取得しているISO 9001(品質マネジメントシステム)やISO 14001(環境マネジメントシステム)と同じように、企業が準拠すべき要求事項を示すマネジメントシステム規格である。

また最近は日本でも「パーパス経営」に取り組む企業も増えてきたが、パーパス経営についてもISOで国際規格開発が進められている。組織のガバナンスの国際規格を開発するISO/TC 309というTCがあり、その中の「Purpose Driven Organizations – Guidance(パーパス駆動型組織-ガイダンス)」というタイトルの文書がパーパス経営の国際規格を示すことになる。発行される際の文書番号はISO 37011となる。ISO 37011は現在開発の途中であり、開発の進捗状況は今後もウォッチしていきたい。

●ISO/TC 260「Human resource management」:https://www.iso.org/committee/628737.html
●ISO/TC 279「Innovation management」:https://www.iso.org/committee/4587737.html
●ISO/TC 309「Governance of organizations」:https://www.iso.org/committee/6266703.html

※1:日本規格協会「用語集」日本規格協会Webサイト(2024年10月にアクセス/https://webdesk.jsa.or.jp/common/W10K0500/index/dev/glossary/)
【執筆者プロフィール】
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岩本 隆(いわもと たかし)
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 特任教授
東京大学工学部金属工学科卒業。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院工学・応用科学研究科材料学・材料工学専攻Ph.D.。日本モトローラ、日本ルーセント・テクノロジー、ノキア・ジャパン、ドリームインキュベータを経て、2012年6月より2022年3月まで慶應義塾大学大学院経営管理研究科特任教授。2018年9月より2023年3月まで山形大学学術研究院産学連携教授、2022年12月より慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授。ICT CONNECT 21理事、日本CHRO協会理事、日本パブリックアフェアーズ協会理事、SDGs Innovation HUB理事、デジタル田園都市国家構想応援団理事、オープンバッジ・ネットワーク理事、ISO/TC 260国内審議委員会副委員長などを兼任。