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【第2回】現場の“腹落ち感”が改革の成否を分ける─成功事例から考える働き方改革

越川慎司 2020.12.16

  • 働き方改革
【第2回】現場の“腹落ち感”が改革の成否を分ける─成功事例から考える働き方改革
働き方改革の成功企業は、経営層と社員の双方が“腹落ち感”を持ち、協力して「時間の再配置」を行っているといいます。必要な仕事を精査し、スキルアップと事業開発、すなわち未来への投資に時間を使うこと。623社の働き方改革支援の実績を持つ株式会社クロスリバー代表取締役 越川慎司さんは、それが会社の成長と社員の幸福を両立する真の働き方改革だと語ります。連載第2回のテーマは、“腹落ち感”をつくる方法です。また、越川慎司さんがこのように考えるようになった原点であるデンマークの、高い幸福度と生産性を実現させる仕組みや、日本の企業が学ぶべき点についても解説していただきます。(マスメディアン編集部)

「残業抑制」は職場近くのカフェが混むだけ

上司や人事部から「残業をしないように!」と言われていませんか? 部下に対して早く帰るよう指示しなければならない立場の方もいるでしょう。顧客への返答がまだできていなかったり、翌日の資料が完成していなかったりしても強引に早く帰らされてしまうのは生産性が落ちることもあります。

長時間労働には反対です。私自身、長時間労働の連続で心身のバランスを崩したことがあり、ワークでもライフでも活力を奪ってしまう長時間労働には反対です。その反省もあって私の会社は週休3日制にしています。

しかし、政府や会社が行う働き方改革は残業削減を目的にしているように思えるから、現場のメンバーは腹落ちしていません。無理して仕事を早く終えたら、残業代が出なくて収入が減ります。仕事が終わらないのに無理して帰ったら、思うように成果を残しにくくなり、達成感を得られず成果給も減ります。これでは納得できず、自然と元の働き方に戻ります。

前回の連載でも説明しましたが、「働き方改革」は手段であって、目的ではありません。労働時間を短くすることだけを考えた残業抑止策は長続きしません。従順な社員たちは、20時にオフィスフロアの電気が消えたら渋々退勤します。ただし、仕事が終わっていないままというわけにはいかないので、社外での“隠れ残業”が蔓延するのです。オフィス近くの喫茶店や自宅でこっそり残業をします。これでは生産性が上がりません。

では、働き方改革を成功させるポイントは何だと思いますか? 当社では延べ3万時間をかけて600社以上の働き方改革を支援してきて、その答えがわかりました。ずばり現場の“腹落ち感”をつくることです。

社員は、自分自身が幸せになることを望んでいます。100年ライフ・定年延長が叫ばれる中で、生涯を通じて幸せでいたいのです。報酬を上げていきたいのです。一生の大半を過ごす労働時間でより多くの幸せを感じるべきです。働いている時に幸せを感じることを働きがいといいます。この働きがいは成果を出して認められた時に最大化されますから、自分の得意なところで能力を発揮できるようにする必要があります。そのために必要なのは、【1】発揮できる能力を養うこと、【2】その能力が発揮できる機会を得ること、の2つです。今の仕事にかけている時間を縮小して、【1】と【2】の新しい付加価値づくりに時間を再配置するのです。能力が多様化して選択肢が増えたほうが、変化への対応力が高まり活躍できます。

この「時間の再配置」を意識させて、ムダな作業をやめさせて新たな時間を生み出し、社員と会社の未来に必要なこと、つまり事業開発とスキルアップに時間を再配置することを目指すのです。「労働時間を削減するのではなく、時間を生み出して未来に必要なことに使う」ということを働き方改革の成功企業は設計しているのです。
時短で終わらせず、時間の再配置を

腹落ち感のつくり方

働き方改革に成功している企業がまず行っているのは、Whyを掘り下げて社員に納得してもらうこと。なぜ(Why)働き方改革をしなくてはいけないのか、その実現のために何を(What)するのか、そしてそれを誰が(Who)行うのかの3Wが明確になって社内で浸透しており、その活動のプロセスや進捗が透明化され社内で公開されているので、経営陣も社員も“腹落ち感”を持っているのです。

また社内横断的に活動をするために、各部署の精鋭を集めてプロジェクト化し、トップダウンだけでなく現場の叡智による自発的なボトムアップ活動が行われていることも多くあります。人事部ではなく営業部門を中心としたプロジェクトチームでテレワーク(職場外で働く)の展開に成功させた金融機関や、会議室を減らし会話を増やすオフィスレイアウトに変えて新商品開発を加速させた製造業、意思決定プロセスを簡素化して長時間労働を是正しながら社員のモチベーションを高めた小売業、社内資料を1枚以内に制限して労働時間を減らし法人顧客対応の時間を増やしたサービス業、経営企画部門の発案による人事制度改革を推進するIT企業など、経営陣と現場が一体になって正しい目的を達成するために適切な行動をして成功しています。

このように、経営陣(会社)と社員の両者が働き方改革を進めることに腹落ちして、トップダウンだけではなく、社員が当事者意識をもって挑戦と成長を楽しむボトムアップの仕組みをつくることが、「会社の成長」と「社員の幸せ」を両立させる真の働き方改革なのです。
会社の成長と社員の幸せを両立させるために必要なことは“腹落ち感”の醸成

理想の働き方改革はデンマークにあった

国際学会に参加するために2017年にデンマークの首都コペンハーゲンを訪問しました。デンマークは、小国ながら国民一人当たりのGDPは米国を凌ぐ世界第5位の国です。そして、生産性が高いだけではなく、幸福度が高い国としても有名です。学会で知り合った現地の学者と意気投合し、デンマークの働き方について調査を進めました。するとデンマークの人は”reflect on myself”という言葉をよく使うことがわかりました。直訳すると「自分に対して反省する」ということ、つまり内省です。彼らは定期的に、それも本能的に過去を振り返り、そこで得た学びを次に活かしているのです。幼少の時から「問いを立てること」を教えられ習慣となっているそうです。

デンマークの学者たちに「なぜそんなに生産性が高いと思う?」とストレートに聞いたところ、「なぜかわからない。シンプルに無駄なことをやめて、自分の価値を高めることをしているだけだよ」と返ってきました。この「シンプルに」という言葉にデンマークの強さがあると思いました。しっかり内省して無駄なものは無駄と気付き、それをきっぱりやめる。それは、自分の価値が錆びないように磨き続けていくことが必要であると自然と理解しているからです。日本でも注力されているリカレント教育(学びなおし)にデンマークはより積極的で、国が支援して1人あたり毎月9万円程度を支給しています。

個人が「幸せに働く」ことを重視しているだけでなく、変化に対してリスクをもって挑戦するという文化もあり、そして何よりデンマーク政府が失業給付を含めたセーフティーネットをしっかり構築しています。そのセーフティーネットは、企業の正社員だけではなく、クラウドワーカーと呼ばれるクラウドサービス経由で仕事を請け負うフリーランスもカバーしており、国を挙げて雇用の多様化と生活保障を推進しているのです。2016年の世界経済フォーラムでは「デンマークは労働者がリスクを取って変化を受け入れ、将来にフォーカスできるようなインセンティブを与える国」と高く評価されていました。

まとめると、次の3つが特徴であることがわかりました。
1. 内省により無駄なことをやめて時間を圧縮し、生み出された時間を未来に向けて投資する。
2. 変化に挑戦できる機会とその保証が整っている。
3. 個人が自分のやりたいこと、自分が幸せになることを自主的に考えて行動し、国がそれを支えている。

このデンマークの滞在で私の人生が変わりました。帰国後に、週休3日を始めることになり、デンマークで得た学びをクライアント企業各社で具現化していくことにしたのです。雇用の流動化など課題はありますが、日本の企業が参考にすべき理想像ではないでしょうか。
【執筆者プロフィール】
越川慎司(こしかわしんじ)氏

越川慎司(こしかわしんじ)氏
株式会社クロスリバー 社長
株式会社キャスター 事業責任者

国内および外資系通信会社に勤務、ITベンチャーの起業を経て、2005年に米マイクロソフト本社に入社。業務執行役員としてPowerPointやExcelなどの事業責任者などを経て独立。2017年にクロスリバーを設立し、メンバー全員が週休3日・複業・テレワークを実践し支援した企業は623社。著書『トップ5%社員の習慣』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など11冊。講演や講座、メディア出演多数。