【第1回】働き方改革の成功確率は12パーセント!? ゴールの定義と小さな行動改革が成功のカギ─成功事例から考える働き方改革
越川慎司 2020.11.17
- 働き方改革
リモートワークで残業時間が長くなる? 働き方改革の現状
「働き方改革」と叫ばれるようになって4年以上が経ちました。世間では「リモートワーク」「残業削減」「週休3日」などのキーワードが取り沙汰されていますが、多くの企業が働き方を変えることに苦労しているのです。2019年に労働基準法が改正され、労働時間の上限が規制されました。上場企業だけではなく中小企業も一気に残業削減に走りましたが、現場の社員は「モヤモヤ感」が拭えません。夜7時にオフィスの電気を落とされて上司から「早く帰れ、しかし業績は落とすな」と言われた社員たちは、オフィス近くのカフェに仕事を持ち込んで残業をしていました。実際にオフィス街のカフェでは、夜7時から8時にかけて売り上げが急増していました。一時的に残業削減はできましたが、社員のモチベーションは下がり、売り上げが落ちたり離職率が高まったりした企業を多く目にしました。2017年1月から2019年4月にかけて528社を対象に調査したところ、「成功しています」と答えた企業はなんと12%しかなかったのです。
このように働き方改革がうまくいっていない状態で、新型コロナウイルス感染症対策の一環としてリモートワークに突入した企業も多くありました。上司から「早く帰れ!」と言われなくなるので残業し放題。弊社クロスリバーが行った7659名に対する調査では、リモートワークを導入したことによって平均17%ほど労働時間が長くなっています。在宅勤務でオンとオフの切り替えがしづらくなり、働き過ぎて体調を崩す人も増えています。
成功のカギ1:「Why」(なぜ)から設計を始め、ゴールを定める
これまで623社の働き方改革を支援してきましたが、失敗する企業と成功する企業は基本設計が異なります。うまくいっていない企業は「どうやって残業を減らすか」や「どうやってリモートワークをするか」というHow(どうやって)をはじめに設計してしまいます。一方、「成功しています」と答えるのはWhy(なぜ)から設計を始める企業です。すなわち、「残業が発生するのはなぜか」、「何のためにリモートワークをするのか」という問題の発生原因や成功の定義を追求してから働き方改革に取り組んでいる企業です。例えば、失敗する企業はITツールを導入することが目的になっています。ITによって業務を効率化しようとして、その作業に躍起になります。多額の予算と多大な時間をかけて、全社に導入します。現場の社員が使えるように何度も説明会を開き、段階的に導入部門を増やしていきます。半年かけてようやく導入が終わるとシステム部門は達成感で満たされて、他のITツールの導入に移ります。しかし、クラウドサービスや自動化ツールを導入したものの、社員で活用しているのは20%以下。ITの導入を目的としていたために、現場での定着・浸透がおろそかになってしまったケースは山ほどあります。
一方、成功する企業はITを導入する前に、成功の定義を決めます。より少ない時間で業務を回せるように、定量ゴールを設定しています。「経費処理の時間をマイナス20%にする」、「請求書の発行プロセスを2分の1にして人為的なミスをゼロにする」といった感じです。数字のゴールを設定することにより目的が目標に変わり、成功したかどうか、うまくいっているのかといった進捗を確認することができ、社内の腹落ち感と行動意欲が高まります。
成功する企業はITツールの導入ではなく、ITツールによってもたらされる現場の変化を目的にしています。各部門の有志をプロジェクトメンバーとして集め、各現場で浸透する策を出し合い実行していくことが成功へと導きます。
ITツールの導入を目指す企業と、ITツールの浸透によって変化をもたらすことを目指す企業。どちらの企業が働き方改革で成功するかはお分かりでしょう。
ずばり、「働き方改革をすること」を目指すと失敗します。冷静に考えれば、働き方を変えるのはあくまで手段です。「働き方改革」を通じて目指すべきことは、会社の成長と社員の幸せの両立です。この目的のためになぜ働き方を変えるべきなのかを腹落ちさせて、そのためにITや制度などの手段を考えていかないといけません。
働き方改革の失敗確率を下げるためには、「目的と手段を履き違えないこと」を肝に銘じておかないといけません。手段を目的にしてしまったらうまくいきません。会社が儲かることと社員が幸せになることの両立を実現するために、問題を抽出して、その発生原因を突き止めてから解決策を講じていく必要があるのです。ITツールの導入でも説明しましたが、いくら素晴らしい手段を持っていても、正しい目的が設定されていないとうまくいきません。
成功の定義を決めることも失敗を回避するために必要です。528社を調査したところ、働き方改革を始めて2年以上の企業のうち3分の1が成功の定義を決めずにスタートをしていました。時代の流れで何となく始めて、テレワーク勤務制度などさまざまな施策を実施したものの、明確な成果を証明できず、3年目に突入して働き方改革をやめる企業が続出しています。多くの企業が、この「働き方改革3年目の壁」に直面しました。その理由は、成功の定義が決まっていないからです。働き方改革は山登りと同じ。経営陣と現場が一緒に山を登るのに、頂上が決まっていなかったらいつまでもゴールできません。成功の定義をできる限り定量化(数値化)して、その達成度の進捗を見える形にすれば、経営陣と現場社員は「腹落ち感」を持ち改善活動を継続できます。
成功のカギ2:経営陣と現場での「小さな行動実験」
働き方を一気に変えようとして、ITツールや制度を探してしまう企業が多いのも事実です。しかし、すべての問題を解決してくれる魔法や神様のようなツールは存在しません。それらを探している時間こそ無駄です。変化を起こすには、課題の発生原因を見つけ、解決する策を地道に講じていくほかありません。経営陣と現場で「小さな行動実験」を積み重ねて、定期的に振り返り、さらに行動を改善していくことで成功に近づけます。たとえば、各部門で改善活動を決めさせ、それを1週間実施してみましょう。提案資料の改善でも良いですし、会議のための会議をやめるのでも良いです。1週間だけの行動実験ですから、精神的なハードルが下がります。各部門で決めた行動をするのですから、自分ごと化して取り組みます。
すると実際に行動した人の約7割が「意外と良かった」と答えます。これこそ、意識が変わった瞬間です。意識が変わった社員は改善行動を継続していきます。こうした行動実験の積み重ねで、結果的に多くの社員の意識が変わります。28社で調査したところ、行動実験をしている企業の社員は、そうでない企業の社員よりも、自発的に改善行動をする比率が4.5倍であることがわかりました。意識変革よりも行動変革を先に行うべきなのです。
そのために、成功の定義を決め、経営陣からのトップダウンと、現場からの自発的なボトムアップを組み合わせることが必要です。小さな行動実験を継続し、進捗を確認し合い、腹落ち感を持ちながら変化への対応力を身に付けましょう。それにより、会社と働く個人が未来の選択肢を得られるのです。
- 【執筆者プロフィール】
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越川慎司(こしかわしんじ)氏
株式会社クロスリバー 社長
株式会社キャスター 事業責任者国内および外資系通信会社に勤務、ITベンチャーの起業を経て、2005年に米マイクロソフト本社に入社。業務執行役員としてPowerPointやExcelなどの事業責任者などを経て独立。2017年にクロスリバーを設立し、メンバー全員が週休3日・複業・テレワークを実践し支援した企業は623社。著書『トップ5%社員の習慣』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など11冊。講演や講座、メディア出演多数。