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クリエイターの働きを定量的に評価するためには? 「社内発注制度」を鍵とする映像制作会社のクリエイター人事評価制度

マスメディアン編集部 2023.09.20

  • 採用ノウハウ
クリエイターの働きを定量的に評価するためには? 「社内発注制度」を鍵とする映像制作会社のクリエイター人事評価制度
クリエイターの人事評価に、どのような指標を用いれば、やりがいを感じながら良い仕事ができるのか。この永遠の問いとも言える課題を、ユニークな制度で解決しようとしているのがエレファントストーンです。社員は、社内でプロジェクトチームを組み、制作を進める際、「パオン」というオリジナルの仮想通貨を使ってお互いに発注し合います。これにより、埋もれがちな小さな作業も含め、すべての貢献の可視化につながっているといいます。取り組みの背景には、どのような想いが隠されているのか、代表取締役CEOの鶴目和孝さんと、経営戦略室の宍戸芙沙恵さんに解説いただきました。

企業データ

【企業名】株式会社エレファントストーン
【代表者】鶴目 和孝
【設立日】2011年4月
【社員数】60名(2023年9月時点)
【事業内容】
ブランディング映像、商品・サービス紹介映像、WebCMなど、ジャンルや用途を問わず幅広く映像制作・広告運用を行う企業。
 

社内発注制度「パオン制度」について

──「パオン制度」の概要
クライアントから映像制作の案件を受注したら、まず制作に携わるメンバーをアサインします。このとき、エレファントストーンでは、独自の仮想通貨「パオン」(1パオン=1円)を使って社内発注を行っています。これが「パオン制度」です。ちなみに、「パオン」という名称は、エレファントストーンの社名にもある「象」が由来になっています。
 
例えば、プロデューサーが100万円の案件を受注したとします。この場合、まず、所定の会社運営パオンがその期の人件費の割合に応じてパーセンテージで引かれます。その後、プロデューサーとメインディレクターの間で役割分担を話し合い、仕事量や制作内容に応じてパオンの分配額を決めます。ディレクターが受け取るパオンからは、社内クリエイターへ発注するパオンはもちろん、社外クリエイターへの外注費や機材費などを支払うことになりますので、その点も加味しながら決定します。

そのため、ディレクターはクライアントの依頼内容に合わせてプロジェクトメンバーの構成を考え、自分が獲得するべきパオンを頭に入れながら、プロジェクトに関わる社内メンバーと交渉し、発注をかけ、制作が完了したらパオンを支払います。通常の商取引と同じことが社内で行われているイメージです。
 
──クリエイターの受注金額(パオン)の決め方
目標設定のために、等級ごとに目安となる1日あたりの目標パオン額が指標としてあります。クリエイターは、そのパオン額を1日8時間の業務で獲得できるように、各案件の受注金額を考えます。しかし、これはあくまで目安。一般の商取引と同じで、最終的な金額は交渉で決まります。
 
クリエイターは、ディレクターからプロジェクト参加への打診を受けたら、その仕事に対する自分の提供価値をパオンで提示します。目安パオンが1日3万パオンだったとしても、ほかの人にない技術やスキル、センスを提供できるなら、5万パオンを提示してもいいわけです。富士山の山頂でなら、500円でもカップラーメンを買うのと同じ。金額設定は自由です。
 
だからといって、高く見積もればいいというわけではありません。ディレクターは、社内外のクリエイターに相見積もりを依頼しているかもしれない。競合の誰かが「4万パオン(4万円)で受ける」と言った場合、失注となる可能性もあります。
 
もちろん、決定要素は金額だけではありませんから、品質やスピード、正確性など自分の強みをしっかりと社内でアピールする必要があります。そして、ディレクターに営業をかけ、金額を交渉して受注するところまで自分でやる。会社にいながらも一人ひとりが個人事業主のように動くイメージです。
 
──個人事業主のようでありながらも会社で働く意義
私たちはエレファントストーンの理念に共感して集まった仲間です。一人ひとりの働きを集約し、会社として大きな価値を社会に提供する。そこが、実際の個人事業主との違いだと思います。
 
それに、個人事業主の場合、その人の実績以上の仕事の依頼はなかなか来ません。一方、組織であれば、会社のネームバリューや優秀な先輩クリエイターの実績をもとに仕事が舞い込んできます。若手クリエイターにとって、自分の身の丈より少し高い仕事にも挑戦できる機会が得られるのは大きなメリットではないでしょうか。
経営戦略室 宍戸芙沙恵さん
経営戦略室 宍戸芙沙恵さん

「パオン制度」導入の背景にあった人事評価の3つの課題

──(1) 社員数が増え、感覚に頼る評価が限界を迎えた
組織の規模が小さいうちは、「Aさんが入社3年目にこのくらい活躍して給与が幾らだったので、Bさんの給与はこれぐらいだよね」と、感覚に頼った評価をしていました。メンバー一人ひとりに目を配ることができていたので、それで問題がなかったのです。しかし、50人、60人と人数が増えるにつれ、正しい評価ができない、という課題が出てきました。
 
──(2) 社員の多様な個性を評価したい
制作の現場では、目立つ仕事をしていたり、毎日忙しそうにしていたりする人が高く評価されがちです。
 
でも、クリエイティブに携わる社員の個性はまちまちです。編集がうまい、イラストが描ける、といった技術やセンスが光る人ばかりではなく、クライアントを納得させるプレゼン能力が高い人や、キャラクターが愛されている人もいます。ほかにも、絶対に期限の半日までに提出する人、ミスをしないことに定評がある人、はたまた仕事をすごく頼みやすい雰囲気を出している人。それだって立派な強みだと思うんです。こういった、表に出にくい良さで結果を出している人をしっかり評価したいと感じていました。
 
──(3) 「お手伝い」という貢献が見過ごされている
1つの映像ができるまでには、とても多くのクリエイターが関わります。その中で、先輩社員の仕事を後輩が手伝ったり、優秀な社員が他の人より多くの業務をしたりしていても、それが評価に算入されない会社が多いんです。それなのに、お手伝いで業務が圧迫されて、残業が増えたり、自分の仕事に時間をかけられなかったり……。これが、若手クリエイターが疲弊して辞めていってしまう一因だと思いました。
 
これら3つの課題を解決するために導入したのが社内発注制度「パオン制度」です。当社では、パオンでの発注なしに誰かに仕事を頼むことは原則できません。社員は、日々の業務でパオンを獲得していき、年間での数値目標達成を目指します。個人目標は、会社全体の売り上げ目標を等級などで配分して算出されます。全員が目標を達成すれば、会社も目標を達成できる形ですね。これにより、クリエイターの会社への貢献度が金額で明確に可視化され、平等に評価できるようになりました。
会社目標をチーム目標、チーム目標を個人目標にブレイクダウンし設定する
会社目標をチーム目標、チーム目標を個人目標にブレイクダウンし設定する

評価指標の全体像:「パオン」の獲得(数値目標)以外の2つの評価指標

評価のポイントは、コアスキル、グレード別スキル、数値目標の3点
主要な評価のポイントは、コアスキル、グレード別スキル、数値目標の3項目
──(1) コアスキル
「群れず、はぐれず、『個』を出そう。」や「臆することなく大きく出よう。そして、気張ろう」など、エレファントストーンの理念を体現するための6つの行動指針が実践できているかを評価します。評価の際には、6点満点で、社員自身とマネージャーが採点します。
コアスキルとは、エレファントストーンの理念を実現するための行動指針の実践度を評価する
──(2) グレード別スキル
エレファントストーンには、チームの責任者「マネージャー」、一人前のスキルをもつレベルの「クリエイター」、経験・訓練を積む必要があるレベルの「スターター」の3つのグレード(階級)があります。
 
それぞれの階級に対して会社が求める役割やスキルが設定されており、それを発揮できているかを評価します。こちらも6点満点で、社員自身とマネージャーが採点します。
 
──運用方法
どの階級の社員も、「コアスキル」、「グレード別スキル」、「パオンの獲得(数値目標)」で主に評価され、それが昇給・昇格につながります。
 
しかし、階級によって3つの指標のウエイトは異なります。例えば「スターター」の評価においては「コアスキル」を最重視していて、「パオンの獲得(数値目標)」のウエイトは低い。「エレファントストーンの社員として、あるべき行動ができているか」に重きを置いているわけです。一方「マネージャー」は、「コアスキル」はできて当たり前。ですから、ウエイトはごくわずかです。
 
「コアスキル」と「グレード別スキル」は定性的な指標ですから、評価者であるマネージャーごとに評価の厳しさにばらつきが生まれてしまう可能性があります。それを防ぐために、半年ごとの評価のタイミングで、役員と全マネージャーが参加する「評価均衡会議」を開いています。
 
「評価均衡会議」では、すべての社員について、「このメンバーはなぜこの点数なのか」を話し合います。同時に、「この項目では、何ができていれば6点に値するのか」という評価の妥当性についても検討します。当然、全員を平等に評価するのは重要です。しかし、システマチックに点数を付ければいいわけではなく、「成長を期待してあえて厳しく付ける」ということもあって、決定までのプロセスは複雑です。しかし、これまで7回ほど実施してきた中で、マネージャーの評価の目線が合ってきたと感じています。
 
丸1日がかりの大変な会議ですが、ここでの決定が最終評価となり、昇給や昇格に反映されるため、決しておろそかにできません。会社が数百人規模になると、このやり方は難しいのかもしれませんが、現在のスケールの間は継続するつもりです。

「パオン制度」を導入したことで、社員が個性を発揮するように

──パオン制度の導入による社内の変化
この制度を導入してから、クリエイターが社内で活発に自己アピールをするようになりました。自分の作風や実績はもちろん、出身地や学生時代に頑張ったこと、「アイドルが好き」、「バスケが好き」といったパーソナルな情報を発信する人もいます。プロデューサーやディレクターは、自分が請けた案件を成功させるために、その分野に知見があるクリエイターをアサインしたい。クリエイターも、自分が得意な仕事を受注したいですからね。
 
みんなが個性を発揮し始めたため、意外な人が意外なスキルを持っていることが知られるようになりました。エディターがディレクターを担ったり、ディレクターがイラストを描いたり、プロデューサーがコンテまで落とし込んだり、ポジション名にとらわれず仕事をするということが始まっています。
 
このままいけば、そう遠くない将来、ポジションという概念をなくせるのではないかと思っています。これから会社が拡大していく中、自分で営業から制作まで全部やれるオールマイティーな人も出てくると思います。逆に、一極集中型で、特定の分野でずば抜けた才能を発揮する人もいるでしょう。いろいろな人たちが輝ける組織体制と評価制度にしていきたいと考えています。
代表取締役CEO 鶴目和孝さん
代表取締役CEO 鶴目和孝さん
一方で課題もあります。特にクリエイターという職業には、数字で評価されたくない、作品で評価してほしいと考える人たちが一定数います。そういう考え方も間違いではありません。しかし、エレファントストーンにはフィットしにくい。そういうクリエイターが入社してしまうと、とても居心地が悪く、つらい気持ちになると思います。ですから、ミスマッチを防ぐため、採用選考の際には、評価制度の説明にすごく時間を割いています。
 
その上で、もっと自由にパオンのやりとりができるようになればいいと思っています。今は一連の制作に必要な業務だけでやりとりがされていますが、例えば、プロデューサーがクリエイティブディレクターに「箔をつけるためにプレゼンに同行してください」と発注するのも構わない。さらに言えば、社員にタイ古式マッサージの資格者がいるんですが、その人が肩こりに悩む人を10分300パオンでマッサージするとか、お菓子づくりが得意な人がスコーンを焼いてきて1個50パオンで売るとか。そんなちょっとしたことでも、どんどんパオンでやりとりしていいのではないかと思います。業務効率の改善につながる立派な仕事だと思いますし、そうやって社内で個性を発揮していってほしいんです。冗談のようですが、実はちょっと本気で考えています。

※2023年8月に取材した内容を掲載しています。