マーケティング・営業戦略・広報・宣伝・クリエイティブ職専門の採用支援はマスメディアン【宣伝会議グループ】

  • HOME
  • ナレッジ
  • パワハラ防止法改正 実務に活かせる取り組み事例―元労基署監督官の社労士が解説

パワハラ防止法改正 実務に活かせる取り組み事例―元労基署監督官の社労士が解説

小菅将樹 2023.02.01

  • 働き方改革
パワハラ防止法改正 実務に活かせる取り組み事例―元労基署監督官の社労士が解説
2022年4月から中小企業も対象となった、パワハラ防止法に基づく防止措置の義務化。パワハラ防止にあたり、実務に活かせる職場での取り組みについて社会保険労務士が解説します。(マスメディアン編集部)
2022年4月から中小企業がパワハラ防止法に基づく防止措置の義務化の対象になりました。ここで、パワーハラスメント(以下パワハラ)の定義や、どのような場合にパワハラと認定されるのか、実務に活かせる職場での取り組み等についてお伝えします。

パワハラ防止法の改正内容

■パワハラの定義
職場におけるパワハラとは、職場において行われる
・「優越的な関係を背景とした言動」であって
・「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」により、
・「労働者の就業環境が害されるもの」であり、
これら3つの要素をすべて満たすものをいいます。

■変更点
2022年4月1日から、労働施策総合推進法に基づくパワハラ防止措置が中小企業の事業主にも義務化されました。これまでのパワハラ防止についての取り組みは、各企業で自主的に行われてきたところですが、国が示す「職場におけるパワハラを防止するために講ずべき措置」に沿った具体的な対応が求められるようになりました。

■対応するべき具体的な内容
(1) 経営者・担当者が講ずるべき対応
国が示している具体的な措置は以下のとおりです。

・事業主の方針等の明確化および周知・啓発
1. 職場におけるパワハラの内容・パワハラを行ってはならない旨の方針を明確化し、労働者に周知・啓発すること
2. 行為者について、厳正に対処する旨の方針・対処の内容を就業規則などの文書に規定し、労働者に周知・啓発すること

・相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
1. 相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知すること
2. 相談窓口担当者が、相談内容や状況に応じ、適切に対応できるようにすること

・職場におけるパワハラに関する事後の迅速かつ適切な対応
1. 事実関係を迅速かつ正確に確認すること
2. 速やかに被害者に対する配慮のための措置を適正に行うこと
3. 事実関係の確認後、行為者に対する措置を適正に行うこと
4. 再発防止に向けた措置を講ずること(事実確認ができなかった場合も含む)

・併せて講ずべき措置
1. 相談者・行為者などのプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、その旨労働者に周知すること
2. 相談したことなどを理由として、解雇その他の不利益な取り扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発すること
 

トラブルの事例

パワハラをめぐるトラブル事例をここでご紹介します。

■事例1
【事案の概要】
A(10年以上のMR(医療情報担当者)としての経験を有する)は、医薬品の製造、販売等を行うB社で、MRとして勤務していたところ、新たに上司となったC係長はAに対し、営業成績や仕事の仕方に関して、しばしば厳しい言葉を浴びせた。

そうした中でAは身体の変調が現れ、営業上のトラブルも生じるようになった後、自殺した(Aは、2002年12月末~2003年1月の時期に精神障害を発症)。その後、Aの妻であるXが労災保険給付を請求するも、給付は認められなかったことから、Xは不支給処分の取り消しを求めて訴訟を提起した。

【経緯】
・Aは、遺書においてC係長の言動を自殺の動機として挙げている。
・AがC係長の着任後、しばしばC係長との関係が困難な状況にあることを周囲に打ち明けていた。
・Aの個体側要因に特段の問題は見当たらない。
・Aが精神障害を発症した2002年12月末~2003年1月の時期に、C係長のAに対する発言が心理的負荷を高めうる要因となる出来事があったと認めることができる。
・C係長によるAに対する発言として、「存在が目障りだ、居るだけでみんなが迷惑している。おまえのカミさんも気がしれん、お願いだから消えてくれ。」「車のガソリン代がもったいない。」「お前は会社を食いものにしている、給料泥棒」「肩にフケがベターと付いている。お前病気と違うか。」などが認められる。
・C係長はAについて、部下として指導しなければならないという任務を自覚していたと同時に、Aに対し、強い不信感と嫌悪の感情を有していた。
・C係長とAが所属する係の勤務形態(直行直帰を原則とし、係員で集まることは月曜日の営業所での打ち合わせの他は、不定期に週に1、2回必要に応じて集まるという勤務形態)からして、AはC係長から受ける厳しい言葉を、心理的負荷のはけ口なく受け止めなければならなかった。周囲の者やB社が、係の人間関係ひいてはAの異常に気付きにくい職場環境にあった。

【結論】
裁判所は、上司の言動により、その部下は、社会通念上、客観的に見て精神疾患を発症させる程度に過剰な心理的負荷を受けたとして、部下の精神障害発症及び自殺は、業務に起因したものと判断し、労災保険給付の不支給処分を取り消した。
(あかるい職場応援団より引用)

【解説】
上司から業務上の厳しい言動を受けた部下が自殺した場合に、この自殺について業務起因性が認められる場合があります。

今回の事例は、C係長が、部下であるAについて、営業社員としての身なりや営業姿勢に問題があると感じ、部下として指導しなければならないという任務を自覚するとともに、Aに対し、強い不信感と嫌悪の感情を有していたために、行き過ぎた言動に出たというものです。

上司は部下を注意指導するときには、部下の人格や存在自体を否定するような言動や、嫌悪の感情に基づく発言はせず、相手方の立場や感情に配慮する必要があります。このあたりは両者の関係性によって変わってくるところでもありますので、日頃から話のできる関係性を築いておくことも大切になります。

■違反した際の罰則と予測されるリスク
パワハラ防止措置を怠ったなどの事実がある場合であっても、罰則はありません。

ただし、問題が見受けられる企業は厚生労働大臣による助言・指導または勧告の対象となり、勧告に従わなかった場合には、企業名が公表される場合があります

さらに、厚生労働大臣は企業に対して、パワハラに対する措置と実施状況について報告を求めることができるとされています。これに対して報告をしなかったり、虚偽の報告をしたりした場合は、20万円以下の過料が科されるという罰則規定が設けられています。

事業主は、社員が安全、健康に働けるようにするための配慮をしなければいけない、という安全配慮義務を負っていることから、パワハラが起きていることを把握しているにもかかわらず、対処をしなかった場合には、民事上の責任を問われる可能性があります。 

■社内でパワハラが起きてしまったときに経営者が取るべき対応
パワハラを受けた人に対する産業保健スタッフによるメンタルヘルスケアを含め、迅速な相談対応を行うこと、そして事実関係の調査および調査結果の説明を行うことで、早期解決が促進されます。経営者は、部下任せにせず、現場で何が起きているかを把握し、迅速・適正な対応が取れるよう現場スタッフと連携を取ることが求められます。

今後の見通し

厚生労働省が行った「令和2年度職場のハラスメントに関する実態調査」によると、最近のハラスメントが起きやすい傾向にある職場の特徴は以下のとおりです。
・職場のコミュニケーションが少ない/ない(お互いを知らない)
・残業が多い(ストレスが溜まる)
・業績が低下している(成功体験が得られない)
・失敗が許されない(職場風土)
・ハラスメント防止規定が制定されていない(ハラスメントが認知されていない)
・年代に偏りがある(ジェネレーションギャップ)
・従業員が男性ばかりである(気合と根性の精神論)
・女性管理職の比率が低い(視点の偏り)

本来、パワハラ防止に対する取り組みは、国が深く介入して何をすべきかを指示するものではなく、企業内で自主的に取り組み、解決すべきことです。しかし、「令和3年度個別労働関係紛争解決制度」の施行状況に関する相談件数、助言・指導の申出件数、あっせんの申請件数の全項目で、「いじめ・嫌がらせ」の件数が引き続き最多であることからも、すべての企業で自主的に取り組み、解決できているとは必ずしも言えない状況です。

これからは、みなが同じことをできるということよりも、専門性や能力が重要視される時代になります。同時に、働き方の多様化や自律性が求められる環境においては、時に意見のぶつかりや力関係の強弱が現れやすい職場環境にもなり得ると思います。

今後、仮に法律が厳しくなったとしても、これだけではパワハラ防止に効果があるとはいえません。職場ごとにパワハラに対する共通理解を深め、個の力が合わさって組織として機能するための取り組みが求められています。
【執筆者プロフィール】
小菅 将樹(こすげ まさき)氏
アヴァンテ社会保険労務士事務所、アヴァンテ労働衛生コンサルタント事務所 代表
社会保険労務士、COH労働衛生コンサルタント、CSCS、NASM-PES
2000年に労働事務官として労働省へ入省し、厚生労働本省、産業医学総合研究所(現・労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所)で勤務後、労働基準監督官へ転官。福島労働局郡山署、須賀川署で監督安全衛生業務を経験し、厚生労働本省、労働保険審査会で労災関係の業務に従事した後、神奈川労働局相模原署労災課、川崎南署第4方面(監督安全業務)、神奈川労働局労働保険徴収課で勤務し2014年3月に退官。現在は各企業の顧問業務、法定教育、各種セミナー等を行う。サッカー、フットサルの競技における運動器障害や大けがの経験を経て、運動指導のトレーナーライセンスを取得。アスリートや企業で働く方等を対象に、機能改善、パフォーマンス向上へ導く運動指導を行う。
Yahoo!ニュース公式コメンテーターとしても活動中。
著書:『職長が問われる事業者責任 STOP!撲滅!労災かくし』(清文社、2021年9月)
新著『(仮称)労働災害を未然に防ぐ 全員で実現させる 建設現場の安全の 見える化』(清文社、2023年8月発刊予定)