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「デザイナー職務行動規範」と目指す未来

マスメディアン編集部 2021.06.01

  • クリエイティブ
「デザイナー職務行動規範」と目指す未来
JAGDAは、ICoD(国際デザイン協議会)が公開している「デザイナー職務行動規範」の更新版の和訳を2021年2月に公開しました。ICoDは、近年プロフェッショナリズムの推進に注力しており、コロナ禍という世界的な危機においても、デザイナーが足元を見つめ直すことで、よりレジリエントな存在となることを願って改訂したといいます。そこで今回はJAGDA国際委員長である澁谷克彦さんに、「デザイナー職務行動規範」の概要や作成の経緯、そして澁谷さんが考えるデザイナーの将来についてお話を伺いました。(マスメディアン編集部)

ICoDと「デザイナー職務行動規範」の概要

ICoD(International Council of Design:国際デザイン協議会)(*1)について
デザインに対する国際的な共通認識を形成するために設立された非政府・非営利組織。カナダに事務局を置き、50カ国より120以上の機関が加盟。デザイナーという職業の尊厳を守る活動を進めるとともに、デザインの可能性をさらに高めることで、将来の人類と環境が健やかな状態であるために、デザインが重要なファクターを担うであろうことを世界中に提唱し続けている。日本では2003年に「世界グラフィックデザイン会議・名古屋」(*2)が開催された。

「デザイナー職務行動規範」(*3)について
ICoDが作成した国際的なデザイナー職務行動の参照基準。職能団体が独自の規範を作成する際の基準となり、そして教育機関のカリキュラム開発の支援となることを目的に作成された。「クライアントの秘密保持」といった職業上のルールから、サスティナビリティに貢献するために、デザインの創出に必要な科学技術に関する重要な最新知識を10以上携えるよう推進するなど、目指すべき理想を掲げた内容までが記載されている。

公益社団法人日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)(*4)について
1978年に設立された日本で唯一のグラフィックデザイナーの全国組織。2021年現在、国内外に約3000名の会員を擁する。年鑑の発行、展覧会やシンポジウムの開催、デザイン教育、公共デザインや地域振興への取り組み、デザインの知的財産権の保護、若い才能の発掘や顕彰、国際交流など、多岐にわたる活動を通して、日本のグラフィックデザインの発展と、コミュニケーション環境の質的向上に大きく寄与することを目指している。

「デザイナー職務行動規範」とこれからのデザイナーのあるべき姿

──「デザイナー職務行動規範」が更新された理由を教えてください。
2020年8月に発表された改訂版では、「スペックワーク(spec work)」への反対が強く打ち出されています。スペックワークとは、speculative work(投機的な仕事)の略で、デザインの公募や競合コンペなどが代表格ですが、制作物に対してお金が支払われない可能性のある仕事を指します。

ICoDは、そうしたデザイン業界の慣行に問題提起しています。これは時代とともにデザイナーの活躍の場が広がった一方で、デザインの価値が危ぶまれる案件も増えてしまったためです。現在、ICoDの事務局があるカナダを中心に、デザイナーが専門職として尊重されるべきだと主張する運動が広がっています。

──和訳を制作された背景についても教えてください。
私たちJAGDA国際委員会が和訳を発表したのは、2021年の2月です。和訳制作のきっかけは2015年にさかのぼりますが、東京五輪のエンブレム案の一般公募でした。ICoDやAIGA(米デザイン協会)など、複数の業界団体から「この一般公募はスペックワークであり、デザイナーの尊厳を脅かすものである」という批判が集まりました。

ICoDが発表した「異議申し立て」においては、公募での制作は、クライアントとの対話のプロセスが省略されることで成果物の質の低下を招き、デザイナーのプロフェッショナルとしてのスキルを軽視するものであると指摘されています。

──そうした指摘とは裏腹に、この公募には1万4000件以上の応募が集まりました。
日本ではまだ、スペックワークへの問題意識が浸透していないということですよね。実態として、コンペへの参加が若手デザイナーのステップアップにつながるケースは少なくありませんが、本来、デザインやアイデアに報酬が支払われないスペックワークはあってはならないものです。各種のコンテストや広告賞なども若手の登竜門としての役割を果たしていますが、これらは特定の組織が自らの営利目的で実施するものではないという点でスペックワークとは異なります。

私は「日本のスペックワークの実情」についてICoDの当時の会長に見解を尋ねたことがあるのですが、返ってきた答えは、「スペックワークによってデザイナーが知名度を上げ、仕事を獲得するプロセスを想定していない」というものでした。私はこの回答を受け、あるべき姿を改めて認識するとともに、「この国際水準の見解を日本のデザイナーに知らせたい」とも思ったのです。

いまの日本社会で働くデザイナーに重要なのは、デザイナー自身が自分のクリエイティブの価値を低く見積もらないことです。したがって、この「デザイナー職務行動規範」さえ知っていれば、公募への参加は個人の裁量に任せたいと思っています。それぞれのデザイナーがこの規範を知り活動することで、次第に社会の認識も世界基準に近づいていくと信じています。
JAGDA国際委員長 澁谷克彦さん
JAGDA国際委員会 委員長 澁谷 克彦さん
──なぜ日本と欧米ではデザイナーという職業への意識に差があるのでしょうか。
私は、欧米は契約社会であるという背景が関係していると考えています。

まず、多くの場合、欧米では企業がデザイナーに仕事を依頼するとき、弁護士など他の専門職に依頼するときと同様に、きちんと契約書を交わします。制作物に対しての責任の所在や、報酬についてもあらかじめ明確にしておくのです。そうした慣行の中で仕事の依頼を受けているため、「デザイナーの責任」や「デザインの価値」を意識する機会が多いのだと思います。そのために、一人ひとりのデザイナーも「職務行動規範」に書いてあるような宣言を受け入れる心構えができており、社会に対して問題提起ができるのだと推測します。

一方で、私の経験上、日本はそうではありません。欧米のように契約書を交わしてからビジネスがスタートするケースは稀ではないでしょうか。ゆえに「今後『職務行動規範』の考えがすぐに浸透すると思うか」という質問への答えは「否」です。また、未だ「デザインのアイデアにも当然、お金を払うべき」という感覚を持っていない企業も多く、それは地方になればなるほど深刻です。日本では、デザイナーという職業はリスペクトを受けるべき専門職という認識は、まだまだ不十分な状態だと思います。

──今後、日本でデザイナーは専門職であるという認識は広まるでしょうか。
今後、日本の企業はデザインの価値を痛感することになると思います。なぜなら企業の評価基準が、いまや「会社の商品」から「会社の思想」へ移行しているからです。これから、企業にはどんな未来を目指しているのかを発信することが求められます。すでに大手企業は環境問題や社会課題の解決に向け事業を立ち上げていますよね。私が以前勤めていた資生堂でも、8年ほど前に環境企画室という部署を発足させ、現在も積極的に環境保護活動に取り組んでいます。

そうした活動内容を社会に発信するために重要になってくるのが、デザインです。伝えるべきメッセージにデザイン性、つまりわかりやすさに「かっこいい」「美しい」といった価値が加わることで、より社会に浸透する力が強くなります。デザイナーは、企業と社会をつなぐハブのような機能の役割を担っていくことになるでしょう。

──グラフィックにとどまらず、プロダクト、サービス、経営などの領域でもデザインは力を発揮しています。そのようななかで、デザイナーという職業は今後どうなっていくと思われますか?
私は、デザインは受け手に何かメリットをもたらすものだと考えています。グラフィックデザイナーは平面という分野では今後も活躍すると思いますが、それを大前提として、これからの「デザイン」の領域の広がりを推察すると、立体や空間を含めその意味はかなり広域になるだろうと予測します。

それから、あらゆる分野でイノベーションを創出するのもデザインのひとつです。例えば、これまでは1つの段ボール箱に8個しか入らなかった商品を、パッケージを変更して16個入るようにしたら、物流コストは半分になります。これもまたデザインのもたらすメリットです。もちろん、商品やポスターがより美しくなることも一つのメリットです。

このような、「メリットを生み出す」というデザインの価値についての理解が広がってほしいという思いはありますね。一人ひとりのデザイナーにも、それぞれの強みや関心を活かし、人の暮らしをより良くするのだという意識で仕事に取り組んでほしいです。そうすることで、自信や誇りを持てるようになり、それがまた良い仕事につながると思います。

──デザイナー自身がプライドを持って仕事をすることも重要なのですね。
同時に、仕事やデザインに対する責任も持たなければなりません。SNSが浸透した今、制作物は誰の目にも入りうる可能性があります。「誰かを傷つける表現ではないだろうか?」という視点や思いやりが今まで以上に必要とされています。時代やメディアが進化するのに合わせ、表現の仕方もアップデートされるべきだと思います。

──特定の誰か、例えばクライアントやユーザーではなく、社会に対して発信している意識を持つべきということでしょうか。
そうですね。こうした状況を踏まえると、今後、デザイナーに社会から特に求められるのは環境問題への造詣でしょう。これからの企業が最も強く、適切に打ち出したいメッセージですから。また、女子美術大学の教授としてデザイン教育に携わっていての実感値ですが、ここのところ、環境問題や社会問題について自分なりに表現したいと考えている学生が増えてきた印象があります。そのような学生の可能性を引き出すためにも、美術大学・芸術大学には環境問題や社会問題について学べるカリキュラムや専門の学科を開設する必要があると思います。
──最後に、これからのデザイナーに必要とされる志向や能力はどのようなものだと思われますか。
まずは、デザイナーが専門職であるという認識を浸透させること。そのために必要なことは2つあると考えます。

第1にデザイン力とその意味を語る力を磨くことです。いいデザインをして、クライアントにデザインのメリットを実感してもらうことを繰り返し、社会にデザインの価値や意味を伝えていくこと。もっと言えば、10年後も機能するデザインを考えていく必要があります。その場限りのデザインをするのではなく、クライアントとの関係の構築のためにも将来を見据えたクリエイティブを生み出すべきです。

第2に仕事に対して責任とプライドを持って取り組むことです。デザイナーは誰かの都合で働く、便利な人では決してありません。専門的なスキルを持って人を助け、役に立っているという自覚をすれば、それらはおのずと備わってきます。そういったデザイナーが増えていくことで、必然的に専門職としてのデザイナーという認識は高まっていくことでしょう。

もし、デザイナーとして仕事をしているなかで、「この要求はちょっとおかしいな」「成果に見合った報酬ではないな」などと違和感を抱くことがあったら、今回私たちが公開した和訳版「職務行動規範」を使って改善を提案してみてください。国際水準を示すことで発言に説得力が増し、デザイナー側も企業側も双方納得の上で契約を交わせるようになると思います。一人ひとりのデザイナーの勇気ある行動が企業に伝われば、ゆくゆくは社会に「デザイナーの専門性」が浸透していくと思います。

──まずは一人ひとりのデザイナーが意識と行動を変えていくことで、デザイナーという職業への認識も変わっていくのですね。「デザイナー職務行動規範」と合わせて、デザインに関わる人々に知っていただきたいと感じました。本日は貴重なお話、ありがとうございました。


*1:https://www.ico-d.org/
*2:同会議の記録書籍が制作されている(https://www.jagda.or.jp/news/2636/、https://www.sendenkaigi.com/books/design/detail.php?id=158)。
*3:https://www.jagda.or.jp/news/4860/
*4:https://www.jagda.or.jp/

※2021年3月に取材した内容を掲載しています。