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【ケース6】「研修時間・手待ち時間」は労働時間に含まれるか?―元労基署監督官の社労士が解説―

小菅将樹 2018.06.13

  • 働き方改革
広告会社やテレビ局が労働基準監督署から是正勧告を受けたことが、ニュースになりました。AD・HRニュースの読者である広告・マスコミ業界の経営者・人事担当の皆さまにとっても長時間労働の問題は関心が高いのではないでしょうか。今回、元労働基準監督官で、現在は社会保険労務士として活躍している小菅将樹氏に、労働基準監督署の実態や、企業としての対応策を解説していただきます。第6回は研修時間・手待時間の未払い賃金が遡及されたケースについてです。(マスメディアン編集部)

業務時間外に研修を行っていた

労災請求をきっかけに、1カ月80時間を超える残業がされているおそれがあるとして、チェーン展開している飲食店舗へ臨検監督を実施した事例です。

この店舗では、特別条項付き36協定※1を締結していましたが、特別に延長した時間数を超え、かつ協定で締結した延長時間の回数を超える回数の残業がされていました。社員は、店舗内で午前中や深夜といった仕事以外の時間帯に自己啓発という名称で色々な研修を受けていました。会社はこれを労働時間として取り扱っておらず、法定労働時間労働となる分に対して割増賃金が支払われていませんでした。また、休憩時間も確保されていませんでした。

それ以外に、36協定が社内で周知されていないこと、勤怠記録と会社が作成する日次報告書の時間との間に著しい相違があること、1カ月100時間以上の残業をしている社員がいること、勤務シフトが一定の残業があることを前提として作成されていることなどの問題点が見受けられました。

労働時間の管理はパソコンの勤怠管理システムに出勤時、休憩開始の退店時、休憩終了の入店時、退勤時にそれぞれ分単位で自己申告制により登録する方法で行われており、この記録により給料計算が行われていました。なお会社は、形式的に過重労働対策として健康管理に関するプロジェクトを立ち上げ、残業が月60時間を超える社員に対しては上司のヒアリングを実施するなどの取り組みがなされていました。

研修時間も遡及して支払う

今回の臨検監督では、36協定の内容及び周知、割増賃金の支払い、休憩時間の付与、労働時間の適正な把握に関する指導が行われました。

研修時間は、担当部署が作成したマニュアルの中で仕事として取り扱っていること、出欠は任意としつつも出席することが慣習化され、その内容についても本社からの指示内容の伝達や仕事関係の内容であることなど、拘束性及び指揮命令関係が認められることから、実態としては労働時間として扱うべきものでした。このことから、この時間についても労働時間の管理を行い、実態調査を実施して不足分があれば遡及して支払うよう指導が行われました。

また労働時間の把握については、パソコンの自己申告記録と会社が作成する日次報告書との間に相違が見られ、適正な労働時間の把握が行われていなかったため、実態調査を実施し、不足額があれば遡及して支払うよう指導が行われました。その他、勤務シフトが残業を前提とした勤務シフトが組まれていたため、法定労働時間を前提とした勤務シフトを組むよう指導が行われました。

労働時間に手待時間は含まれるのか?

労働時間とは、「労働者が使用者の指揮監督下にある時間」です。指揮監督下にあるかどうかは、明示的なものである必要はなく、仕事の前に行う準備や仕事後の後始末、掃除などが使用者の明示または黙示の指揮命令下に行われている限り、労働時間です。

手待時間も実務上問題となることがあります。手待時間と休憩時間の違いは、労働者の時間の自由利用が保障されているか否かです。来客対応などがなければ基本は休憩時間ですが、電話や来客があればすぐに対応しなければいけないような場合は労働時間になります。たとえば、顧客からの問い合わせや来客などに備えて、お昼の休憩時間に交代で当番制にする場合や、事実上誰かが対応しなくてはいけない状況になっている場合は、使用者の指揮命令下に置かれている時間となり、労働時間になります。手待時間が労働時間になるかの判断基準は、どの程度義務付けられているのか、仕事との関連性はどうなのか、などから見ていきますが、対象となる行為や使用者からの指示があればすぐに仕事を開始しなければいけない状況かどうかということになります。

労働基準法第41条では、「監視又は断続的労働に従事する者※2で、使用者が行政官庁の許可を受けたものについて、労働時間、休憩及び休日に関する規定は適用しない」と規定していて、手待時間は労働時間であることを踏まえた考えをとっています。

目的を理解しない制度は形骸化する

今回の事例では前述の通り、過重労働対策による健康管理に関しての取り組みが行われていました。しかし、これらが会社にとって必要なことであり、なぜ必要なのかを理解していたでしょうか? 36協定の締結、労働時間の管理や健康管理などは必要な取り組みですが、法律で決められているから、監督署に指導されるから、という理由で実施する以上、形式的な対策になりがちです。1番大切なのは、トップが社員の心身の健康管理を最重要課題であると認識を持つことです。

社員の健康管理を進めていく上で、自社としてこういう場合はどう対応したらいいのかについて、インターネットなどで検索して、労働関係法令やケーススタディなどの情報を簡単に収集できるようになりました。しかし、具体的な事例が自社に当てはまるか迷うことがあるのではないでしょうか? こういう時は専門家や監督署へ確認することで、ヒントが得られます。

また、会社が目的を達成するために、現状を確認することも大切です。コンプライアンスチェックは、会社の現状を客観的に把握し、目標を明確にするためのきっかけをつくるためのツールともいえます。なにを目指すにしても、まずはリスク予防となる土台が大切になります。2018年3月に労働安全衛生の世界基準であるISO45001が発行され、世界的にリスク予防の考えは広まっています。ISO45001は、安心・安全な職場環境の実現について評価する客観的な基準で、労働安全衛生についてリスクを管理するシステムを導入し、企業が自主的に継続して安全衛生レベルの向上に取り組んでいるかについて評価しています。

まずは会社のコンプライアンスチェックを行い、会社の目標と現状を確認することから始め、目標に向かって優先順位を決めて1つずつ取り組んでみてはいかがでしょうか。

※1…時間外協定の限度基準(平成10年労働省告示第154号)の中で、36協定で締結した残業の限度時間を超える特別の事情が生じた時に限り、労使当事者で定める手続きを経て、限度時間を超える一定の時間まで労働時間を延長することができる旨の規定がある。この一定の時間の上限はなく、長時間労働となるケースもあることから、厚生労働省では、過重労働による健康障害防止の観点から、対象となる事業場に対して監督指導を実施している。

※2…監視又は断続的労働に従事する者とは、監視を本来業務とし、常態として身体の疲労又は精神的緊張の少ない者をいい、断続的労働に従事する者とは、常態として作業が間欠的であるため労働時間中においても手待時間が多く実作業時間が少ない者(昭34.10.28基発747、平成16.3.16基発0316002、平成20.6.1基発0601001)をいう。これらの者について、労働時間、休憩、休日及び休日に関する規定を適用しない場合は、あらかじめ監督署へ許可申請を行い、監督署長から許可を受ける必要がある。また、これらの者に最低賃金額未満の賃金を支払う場合は、最低賃金法に基づき、監督署を経由して最低賃金減額特例の申請を行い、都道府県労働局長の許可を受ける必要がある。
【執筆者プロフィール】
小菅将樹(こすげまさき)氏
社会保険労務士、労働衛生コンサルタント、CSCS、PES
アヴァンテ社会保険労務士事務所、アヴァンテ労働衛生コンサルタント事務所 代表
明治大学法学部卒業後、労働事務官として労働省へ入省し、法改正事務などを経験する。2004年に労働基準監督官へ転官し、厚生労働本省、神奈川労働局、複数の労働基準監督署で勤務後、2014年に独立開業。安心・安全な会社づくりのためのプロセスにこだわり、会社の顧問業務や各種セミナー、安全衛生教育等を行う。トレーナー資格を保有し、健康管理(機能改善に基づく運動指導)にも力を注ぐ。