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【ケース5】<労災事例:精神障害>効果を可視化して、心身の健康確保へ―元労基署監督官の社労士が解説―

小菅将樹 2018.05.23

  • 働き方改革
広告会社やテレビ局が労働基準監督署から是正勧告を受けたことが、ニュースになりました。AD・HRニュースの読者である広告・マスコミ業界の経営者・人事担当の皆さまにとっても長時間労働の問題は関心が高いのではないでしょうか。今回、元労働基準監督官で、現在は社会保険労務士として活躍している小菅将樹氏に、労働基準監督署の実態や、企業としての対応策を解説していただきます。第5回はうつ病を発症し自殺してしまった事件が労災認定されたケースについてです。(マスメディアン編集部)

ハードな業務をこなし、3度の退職届が認められずうつ病を発症

Aさんは、高校を卒業後、大手運送会社へ入社しました。平日は出荷物に対する問い合わせやクレーム対応などの業務を、日曜・祝日は発送・到着・配車、問い合わせ、クレーム対応などの業務全般を行っていました。入社後1年ほどして残業時間の制限のためタイムカードの早押しを指示され、タイムカードを打刻した後も仕事をするようになりました。

Aさんは、発送担当として同僚や先輩とともにこれらの業務を行っていましたが、同僚は新入社員であり、先輩はAさんに仕事を任せきりにしており、Aさんがほとんどの業務を負担していました。また他の社員も口先では手伝うようなことは言っていましたが、手伝ってくれませんでした。Aさんは、入社以降、3度にわたり支店長へ退職届を提出しましたが、認められませんでした。

このような状況から、Aさんはうつ病になり、辞めたいという発言が増え、疲労も溜まり、イライラすることも多くなり、最終的には自殺してしまいました。Aさんの両親は、Aさんの自殺は仕事が原因だとして労災請求をしました。

追加調査で労災認定

Aさんの携帯電話の通話記録、メール記録、ビルの入退室記録、さらには上司からのヒアリングなどから、タイムカード打刻後も残業を行っていたことがわかりました。そして、3度退職届を支店長へ提出していたにも関わらず、いずれも認められず、3度目はその場で破棄され、Aさんの強い退職の意志が受け入れられていなかったことも判明しました。

Aさんが退職届けを提出した後も人員は補充されず、業務内容の見直しもされず、サービス残業は続いていました。またクレーム対応業務では、発送物が破損していたといった会社の信用を著しく傷つけかねない内容のクレームを日々1人で対応していました。

監督署は、Aさんに発症したうつ病は仕事が原因ではないといったんは判断しましたが、追加調査を行い、Aさんは仕事が原因でうつ病になり、自殺に至ったと結論づけました。

複雑で困難な精神障害の労災認定

精神障害の労災認定基準(平成23年12月26日付け基発1226第1号)によりますと、精神障害が労災と認められるためには、(A)対象疾病を発病していること、(B)対象疾病の発病前おおむね6カ月の間に業務による強い心理的負荷が認められること、(C)業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと―のいずれをも満たすことが必要とされています。Aさんの場合は、(A)と(C)は満たしていましたが、(B)を満たすかどうかが労災認定の分かれ目でした。

Aさんは、タイムカード打刻後もサービス残業を行っていたこと、3度退職届けを出したが認められなかったこと、日々のクレーム対応をほぼ1人でこなしていたこと、退職届けを提出した後も人員補充はされず、業務内容の見直しもなく、依然業務過多状態が続いていたこと。これらの状況から、監督署は、いったんは仕事による強いストレスが原因とまではいえず、業務外と判断しましたが、署長を筆頭に検討を重ね、上司からの複数回におよぶヒアリングを実施するなどして追加調査を行い、労災認定しました。

精神障害の労災申請があると、監督署では調査計画に沿って、資料の収集や関係者からのヒアリングおよび実地調査などを進め、心理的負荷の程度を客観的基準に沿って判断し、他の認定要件と合わせて業務上か否かの認定を行います。精神障害の労災認定は、仕事や仕事以外、ストレスへの反応しやすさなどの要因が複雑に関与するため、結論を出すまでの道のりは簡単ではなく、長期の調査を要する事案も少なくありません。

2016年度の(A)精神障害請求件数は1,586件、このうち(B)自殺は198件であり、労災と認められたのは(A)のうち498件、(B)のうち84件です。請求件数および認定件数は過去最多です。窓口や電話で相談されるものの、労災請求に至らなかった事例もあり、実際はより増えるものと推測されます。また、監督署で労災認定されず、再審査請求まで至り、結果が出るまでより長期化する事案もあります。

メンタル不調を起こさない職場環境の構築を

職場で従業員がメンタル不調を起こさない環境の構築のために、コミュニケーション活性化などを通じ、目標設定と現状把握が必要です。ここで、ある会社の取り組み例をご紹介します。
 
【基本方針】
従業員が幸せな生活を送る基盤である心身の健康確保のため、活気ある安全で明るく働きやすい職場環境づくりに取り組む。

【目標】
(A)心の健康づくりについて従業員の理解を得る。
(B)円滑なコミュニケーションづくりの推進により活気のある職場を形成する。
(C)管理者が心の健康問題について理解し、相談しやすい環境を整える。

この会社では、基本方針と目標に基づき、こころの健康づくり計画の作成、メンタルヘルス推進者の選任、社内相談窓口の設置、毎月の自己診断チェック実施、面接希望者に対する産業医の面接指導などといった項目からなるスケジュールを作成して実施しています。

職場で働く従業員の心身の健康確保を目指すための取り組みを行う場合にポイントとなるのは、取り組み効果を可視化するための目標値の設定です。心身の健康確保といっても、各組織が課題にしている内容はさまざまであることから、各組織に応じた課題の抽出と目標設定について検討が必要になります。目標値の設定ができれば、効果が明確になりますので、修正や継続がしやすくなります。メンタル不調を起こさない職場環境の構築のために、スタッフ、管理者それぞれが心の健康問題について理解し、お互いに協力し合って進めていくことが大切です。
【執筆者プロフィール】
小菅将樹(こすげまさき)氏
社会保険労務士、労働衛生コンサルタント、CSCS、PES
アヴァンテ社会保険労務士事務所、アヴァンテ労働衛生コンサルタント事務所 代表
明治大学法学部卒業後、労働事務官として労働省へ入省し、法改正事務などを経験する。2004年に労働基準監督官へ転官し、厚生労働本省、神奈川労働局、複数の労働基準監督署で勤務後、2014年に独立開業。安心・安全な会社づくりのためのプロセスにこだわり、会社の顧問業務や各種セミナー、安全衛生教育等を行う。トレーナー資格を保有し、健康管理(機能改善に基づく運動指導)にも力を注ぐ。