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【ケース1】労基署の行政指導の目的と対策―元労基署監督官の社労士が解説―

小菅将樹 2018.03.07

  • 働き方改革
広告会社やテレビ局が労働基準監督署から是正勧告を受けたことが、ニュースになりました。AD・HRニュースの読者である広告・マスコミ業界の経営者・人事担当の皆さまにとっても長時間労働の問題は関心が高いのではないでしょうか。今回、元労働基準監督官で、現在は社会保険労務士として活躍している小菅将樹氏に、労働基準監督署の実態や、企業としての対応策を解説していただく連載を新たにスタートします。(マスメディアン編集部)
労働基準監督署(以下、労基署)は、厚生労働省の第一線機関であり、全国に約320あります。ここでは、労働基準法(以下、労基法)などの法令に関する各種届出の受付、相談対応、監督指導を行う「方面」(監督課)、機械や設備の設置に関する届出の審査や、会社(以下、事業場)の安全や健康確保に関する技術的な指導を行う「安全衛生課」、仕事中の負傷や疾病等に対する労災保険給付などを行う「労災課」、庶務や会計等を行う「業務課」から構成されています。

今回は、労基署で行われている監督指導について取り上げ、その内容や目的などについて触れることで、監督指導などを身構えるのではなく、役所をより身近な存在として感じていただき、各種施策などに取り組まれる時の参考としていただければと思います。

そもそも監督指導とは

監督指導は、労働基準監督官(以下、監督官)が行います。監督官は、労働基準行政の中核を担う職員であり、労基署に主として配属され、それ以外に厚生労働本省、都道府県労働局、関係機関や海外の機関など幅広いフィールドで勤務する国家公務員です。監督官は、現在約4,000人いますが、監督業務を担当しているのは実質3,000人程度です。

監督指導は、労基法第101条等の規定に基づく監督官の権限行使(法令違反等を確認するための行為)であり、罰則規定も設けられており、労働基準監督機関(※1)の判断により実施されます。この監督指導は、労働環境の整備などを目的として、事業場の現状を的確に把握し、法令違反などの有無を確認するために実施されます。監督指導は、原則労働者を1人でも雇用しる事業場であれば対象になりますが、3,000人程度の人数ですべての事業場に対して監督指導を行うのは困難なため、直接事業場を訪問する以外に、HPによる情報発信や集団指導(経営者や人事担当者を集めての説明会)などを通じて法令の理解を促し、自主的に取り組んでもらえるような各種活動を行ったりしています。

監督指導は、原則予告なしで実施されます。これは、事前に連絡をすると、会社は監督に備え、あれこれ準備することとなり、事業場の実態を正確に確認できなくなってしまうこと、また、書類の改ざんなどを防ぐためでもあります。また、監督署が事業場にくることを労働者が知っていた場合、労働者の立場として監督署がくることにより少しでも自分たちの労働条件がよくなることを期待しているため、この期待を裏切ることにもかりかねません。事業場側にとっても、現状を正確に把握し、課題の抽出や、今後の改善につなげることができないこととなってしまい、双方にメリットはあまりないといえます。ただし、職務執行に支障がない場合は、事前に予告をして監督指導を実施することもあります。

この他に、事業場に行って監督を実施するまでの必要がないと監督官が判断した場合、所定の書類を事業場担当者に監督署へ持参してもらい監督署で監督指導を実施する呼び出し監督と呼ばれる方法があります。また、事業場で最低賃金等が守られているかについて、短期間に多数の事業場を調査する必要がある場合には、効率的な監督指導の実施のため、事業場に所定の書類を監督署へ持参してもらい監督指導を実施する集合監督と呼ばれる方法があります。

監督指導にはバリエーションがある

監督指導の種類にはバリエーションがありますのでいくつかご紹介します。

■定期監督
毎年度の監督計画に基づき、組織的に実施する監督指導です。毎年1月に厚生労働省の労働関係部局が策定した労働行政運営方針により、労働情勢の現状、厚生労働省が抱えている課題を基に、担当部署が取り組むべき事項について明らかにされます。そして、この内容が全国労働局長会議で示され、各労働局がこの方針に沿った労働局ごとの行政運営方針および業務の運営に当たっての留意通達、監督指導業務の運営に当たっての留意通達を策定します。そして、労働局は、各監督署から提出された年間監督計画案の確認や修正等を行います。

このような流れで、労基署で毎年度末に翌年度の監督計画が作成され、労働局の承認を得ると、この計画に従って月別監督計画の作成、新年度1回目の監督官会議で各事業場を訪問する担当監督官の割り振りやノルマ等が示されます。そして監督指導対象事業場の選定は、業種、規模、地域、個別事業場における申告相談や労災発生状況、過去の監督指導履歴、監督指導実施に係る記録など、監督署が保有している情報を総合的に勘案して決定します。

最近の重点対象区分の一つは過重労働による健康障害防止対策です。現在、時間外労働の上限基準などを盛り込んだ労基法を始めとした8本の法律案からなる働き方改革関連法案が国会で審議されようとしており、厚生労働省の職員が日夜その対応に追われているところです。同法案が成立すれば、時間外労働の上限基準は法律に「格上げ」され、事業場としては労働者の健康管理とともにより厳格な運用を迫られることになります。

労働基準監督機関では、36協定で特別条項を結んでいたり、情報が寄せられた事業場、長時間労働削減推進本部からの指示など、月80時間超の時間外労働が疑われる事業場に対する監督指導を徹底することとしております。労基署は、各事業場へ送った自主点検(※2)の提出状況や内容などを踏まえて監督指導対象事業場を選定する手段の1つとしています。

平成29年度地方労働行政運営方針では、長時間労働の抑制及び過重労働による健康障害防止、労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドラインの周知・徹底、過労死等防止対策の推進、労働条件の確保・改善対策、自動車運転者や外国人労働者、技能実習生、障害者、介護労働者、医療機関の労働者、パートタイム労働者に関する労働基準関係法令の遵守、今般改正予定の労基法の周知などが示されています。平成30年度についてはこれから公表される予定ですが、同様の傾向は続くと推測されます。

■情報監督
労働条件に問題があるなどの情報のあった事業場に対し、その問題把握および法令違反の是正を目的として実施する監督指導です。労働者本人やその家族、友人からの相談、手紙や投書、メールなどから得た情報をもとに監督指導を行う場合もありますし、労働者が在職者の場合、匿名により、情報源を伏せて監督を実施する方法があり、状況に応じた手法で実施します。

■災害時監督 
重篤な災害や、問題のある労働災害の発生を労働者死傷病報告書などの情報から把握し、同種労働災害の再発防止を主眼として実施します。

■申告監督
労基法第104条又は労働安全衛生法97条に基づく労働者からの申告により、申告内容に適用される法令などの違反事実の調査確認および違反を確認した場合における是正勧告を目的として実施します。

■再監督
今までお話した監督指導の結果、是正勧告や使用停止など命令を発した事業場に対し、それらの違反を的確に是正したかどうかを実地に確認するために実施します。

監督官は行政職員として行う業務のほかに、特別司法警察職員として必要な捜査を行う権限も持ち合わせています。監督指導時に、監督官は法令に違反していると判断した場合には、行政指導として是正勧告書や指導票(法令には抵触していないが、改善が求められるべき事項について記載する文書) が事業場の代表者宛に交付されます。事業場は、日頃から社内で情報を共有し、疑問点については監督署や労働局、場合によっては厚生労働本省へ問い合わせを行い解消すること、もし是正勧告書を交付されたとしても、担当監督官へ事業場として対応すべき内容や是正報告期限、その場で出た疑問点の確認などを行い、どういったスタンスで対策を進めていくかについて監督署を活用することも一つと考えます。

36協定の内容と実績が違うケースや、労働時間としてみなされていないために長時間社内に滞在していることについて、監督署が監督した時にパソコンや警備記録などから明らかとなり、行政指導の対象となることもありますので、実務上の疑問点は日頃から社内で共有し、労働時間の管理の見直しを中心とした早期解決が望ましいと言えます。

厚生労働省は、2018年4月から、全国の労基署に特別チームを新設する方針です。この特別チームは、法令知識や労務管理体制が不十分な中小規模事業場などを対象に長時間労働削減のための指導を実施する「労働時間相談・支援班」と、長時間労働の抑制や健康障害防止を目的とした監督指導などを行う「調査・指導班」で構成されるとしています。これは、中小規模の事業場を重点的に、労働時間に関する法制度の周知と法令遵守を図り、政府が進める働き方改革につなげる目的で厚生労働省が実施します。

ただ、労基署の中には署長を入れて正職員が6人の小規模署もありますので、こういう署ではOB等の非常勤職員を活用して体制を構築するのでしょうか。実施してみないと何ともいえないところもありますが、第一線の組織でも業務の見直しが行われているようです。


※1…労働基準主管局(厚生労働省の内部部局として置かれる局で労働条件および労働者の保護に関する事務を所掌するもの)や都道府県労働局、労基署などを指す※労働基準法解釈総覧より引用

※2…正式名称は「長時間労働の抑制・過重労働による健康障害防止のための自主点検」
【執筆者プロフィール】
小菅将樹(こすげまさき)氏
社会保険労務士、労働衛生コンサルタント、CSCS、PES
アヴァンテ社会保険労務士事務所、アヴァンテ労働衛生コンサルタント事務所 代表
明治大学法学部卒業後、労働事務官として労働省へ入省し、法改正事務などを経験する。2004年に労働基準監督官へ転官し、厚生労働本省、神奈川労働局、複数の労働基準監督署で勤務後、2014年に独立開業。安心・安全な会社づくりのためのプロセスにこだわり、会社の顧問業務や各種セミナー、安全衛生教育等を行う。トレーナー資格を保有し、健康管理(機能改善に基づく運動指導)にも力を注ぐ。