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【ケース4】<労災事例・パワハラ>会社の目的達成のためにこそ、プロセスを大切に―元労基署監督官の社労士が解説―

小菅将樹 2018年4月18日(水)

広告会社やテレビ局が労働基準監督署から是正勧告を受けたことが、ニュースになりました。AD・HRニュースの読者である広告・マスコミ業界の経営者・人事担当の皆さまにとっても長時間労働の問題は関心が高いのではないでしょうか。今回、元労働基準監督官で、現在は社会保険労務士として活躍している小菅将樹氏に、労働基準監督署の実態や、企業としての対応策を解説していただきます。第4回はパワハラで労災認定されたケースについてです。(マスメディアン編集部)

長期に及ぶ上司からの叱責が原因でうつ病に

Aさんは、会社で名刺印刷、ネームカード作成業務などを行っていましたが、勤務する中で社長ら上司から叱責されるようになり、メンタル不調になりました。そして、クリニックを受診したところ「気分障害」と診断されました。さらにその後、別の病院を受診した結果「うつ病」と診断されました。Aさんは、労働基準監督署に労災請求をしましたが認められなかったため、労働局へ審査請求しました。

うつ病を発症するまでに起きた出来事について見ていきます。あるとき、社長は社員に新たに業務日報の作成をするよう指示しました。Aさんは、社長からほかの社員より細かく記載するよう指示されていたため、業務日報の作成だけでも時間を費やしていました。さらに、別の上司から日報に記載する内容ついて「これを書け」「この記載ではだめだ」といった指示や書き直しが命じられ、ときには顛末書に近い反省文まで書かされていました。Aさんが作成した業務日報はほかの担当者が作成したものと比較して明らかに記入項目が多く、詳細が記されていました。

Aさんが複数の上司から叱責を受けていたことについては、何人かの関係者から確認できました。叱責の中には「辞めてしまえ」「もう帰れ」「明日から来るな」などの言葉も含まれ、複数回にわたっていました。さらにこれらの発言は、長期に及んでいたことが関係者へのヒアリングで判明しました。

逆転で労災認定

労働基準監督署は、うつ病の主な原因は仕事ではないと判断しました。これはAさんが業務で些細なミスを繰り返し、上司から頻繁に注意されていたことについて、Aさんが日常業務において確認を怠らなければ防げる範囲のミスであり、同僚も同様のミスに対して上司から注意を受けていたことを理由としています。

これに対して、労働局は、社長が社員に新たに作成を指示した業務日報について、Aさんは細かい記載を求められたため、これだけで時間を多く費やす必要があったこと、この日報に記載する内容に関して、社長以外の上司から記載内容へのダメ出しおよびに書き直しが命じられていたこと、ときには顛末書に近い反省文まで書かされたことについての事実を認定しました。さらに、業務内容変更後、Aさんは社長と別の上司から叱責を受けるようになり、「辞めてしまえ」「もう帰れ」「明日から来るな」などの言葉も含まれ、また、それが複数回、かつ、長期に及んだことが明らかとなり、これはAさんに対する上司の言動が業務指導を逸脱していると判断しました。

労働局は、Aさんのうつ病は、上司からの叱責により発症し悪化し、部下に対する上司の言動が業務指導の範囲を逸脱しており、その中には人格や人間性を否定するような言動も含まれ、執拗に言われ続けたと判断して労働基準監督署の処分を取り消しました。

パワハラ撲滅には信頼関係の構築が重要

厚生労働省によると、職場のパワーハラスメントとは、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」をいうとされており、職場のパワーハラスメントの行為類型として6つの類型※を挙げています。厚労省は、2018年3月30日に「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」報告書を取りまとめました。この中で、パワーハラスメントの発生の要因を解消するために望ましい取り組みの例として、(1)コミュニケーション活性化やその円滑化のための研修などの実施 (2)適正な業務目標の設定、長時間労働の是正―などの職場環境の改善があげられています。

(1)コミュニケーション活性化
トップがコミュニケーションを重要なものと位置づけ、方針を明確化することが大切です。会社の目標を達成するために、コミュニケーション活性化は不可欠です。この目標達成を促進するための方法としてコーチングがあります。コーチングとは、コミュニケーションを通じて、目標達成や課題解決をサポートするものです。コミュニケーション活性化のためには、(A)安心・安全な関係を築く (B)相手の話を聴く (C)相手が話しやすい聞き方をする (D)承認をする (E)提案型であること―などが大切です。

目標と現状を引き出し、目標達成のための気づきを促すことにより、自ら考え、答えを導くためのコミュニケーション技法としてコーチングの重要性は高まっています。コーチングは、グループセッションなどで学ぶと目標達成や課題解決などとつなげやすく、効果的です。厚労省が発表している「平成28年度職場のパワーハラスメントに関する実態調査」の中で、パワーハラスメントがあった職場の特徴として、「上司とのコミュニケーションが少ない」という回答があり、コミュニケーションはパワーハラスメントの発生要因を解消するための重要な要素といえます。

(2)適正な業務目標の設定、長時間労働の是正
上記の実態調査では、コミュニケーション以外に「失敗が許されず、失敗への許容度が低い」、「残業が多い・休みが取り難い」という回答がありました。業績重視の評価、長時間労働は労働者にストレスがかかる職場環境です。まずはトップが社員の心身の健康は会社にとって重要な課題であるという認識を持つことが必要です。業績偏重にならず、業績に向けた取り組みも評価し、優先順位を決めて業務の効率化を図ること、労働時間の適正な把握を基本とした社員の健康管理を実施することが求められます。

私は、現在労働条件相談ほっとラインの相談員をしており、さまざまな内容の相談が寄せられます。この中で、パワーハラスメントの相談で解決策を求められることがあります。パワーハラスメント解決には都道府県労働局長による助言・指導や、紛争調整委員会によるあっせんからなる個別労働紛争解決制度、地方公共団体・民間団体および裁判所による紛争解決手続などの方法がありますが、根本解決は難しい状況です。

会社の目的達成のためには社内の信頼関係構築がまず求められます。世代間における価値観などのギャップ、働き方や人材の多様化などから、必要に応じてコミュニケーションを行う上でキャッチボールできる窓口を開けておくことも求められています。コミュニケーションを円滑に行い、目的達成のためのプロセスも大切にすることで信頼度が高まり、パワーハラスメントの起きない環境へつながります。

※6つの類型
(1)暴行・傷害(身体的な攻撃)
(2)脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)
(3)隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)
(4)業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)
(5)業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)
(6)私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)

【執筆者プロフィール】
小菅将樹(こすげまさき)氏
社会保険労務士、労働衛生コンサルタント、CSCS、PES
アヴァンテ社会保険労務士事務所、アヴァンテ労働衛生コンサルタント事務所 代表
明治大学法学部卒業後、労働事務官として労働省へ入省し、法改正事務などを経験する。2004年に労働基準監督官へ転官し、厚生労働本省、神奈川労働局、複数の労働基準監督署で勤務後、2014年に独立開業。安心・安全な会社づくりのためのプロセスにこだわり、会社の顧問業務や各種セミナー、安全衛生教育等を行う。トレーナー資格を保有し、健康管理(機能改善に基づく運動指導)にも力を注ぐ。